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「ブログとは会話」するものだ。今見直す「会話」という人と人との繋ぐモノを。

こんにちは。


お久しぶりです。

ここのところ更新が多かったせいか、こうして間が空いてしまうと、ちょっぴり焦りに近いものを感じていました。

ここ数日ね。まぁ、更新はしませんでしたけど(´・ω・`)3


というか、平日から記事なんか書けません。って。

私は何に言い訳をしているんだろう…。





そうですね…

何書きましょうか…。


あんまり、ブログで「何書きましょう?」なんて書き始めるアホンたれはそうそういないと思うんですね。笑


「書きたいこと決めてから、記事書き始めろよ」

ごもっとも。笑

でもね、私の場合ですよ?

記事中にも、"話し言葉"が多いようにですね、記事もまるで「会話しているような」記事が書けたらいいと思いません?


会話していると、ほら、いろいろと話題が見つかるでしょう?

私のブログも同じでですね、書く前に「何書くか」なんて決めてないんですよ。

あくまでもこう書き始めてやっと、方向性が決まってくるというか…。

たとえるならば…そうだなぁ…


わたし「おはよう」

友達「おっす」

わたし「今日寒いなぁ」

友達「外は寒いけど、俺は今、胸熱だぜ!」

わたし「ほう?」


てな、具合に(!?)、「寒い」からですね、会話をしていると「胸熱の原因」に話が広がるじゃないですか?

まぁ、そんな要領で…って伝わったかな?笑

会話

やっぱり、今のブログには「親しみ」っていうのが必要だと思うんです。

ただ事実を列挙するのではなくて。

自分の身の回りで起きたことや、何かあることに対する感想を、できるだけ人とは違った視点や考え方で書くのがブログの「いろは」ですけども。

さらに、そこになにか「親近感」てきなモノが加われば素敵じゃないですか( ´ー`)y


まぁ…世のブログに対してとやかく言えるような私ではないのですけども…。

そんな今日は、「会話」というキーワードが出たので、会話をテーマにちょっと語ってみませんか?


語るのは一方的に私ですけどね。笑









(´・ω・`)「会話って何だろう。」


( ´゚д゚)「会話とブログって関係性ないでしょ。」











一口に「会話」と言っても今やその方法は数多くあるようで。

皆さんもご存知の通り、人と人とが言葉を発し、コミュニケーションを取ったりするアレですな。

勿論、口から発せられる「言葉」だけではなく、身振り手振りを使ったジェスチャーによる「会話」もあったりしますね。

「会って話す」と書いて「会話」ですが、別に"直接"会って、お話ししなくても会話は成立するので…電話とかね。

なんなんでしょうね…。

意思の疎通が出来て、会話なのですから、ここでは「お互いの気持と気持が会って(合って)」っていうことなんでしょうか。


そして、今や会話は時代の進歩と共に進化をし、私のような人間がほぼ毎日使用しているであろう、「インターネット」での会話という方法が確立されたのである。

インターネットでの会話は多岐に渡る。

・チャット
・掲示板
・スカイプ

等々。

皆さんもインターネットを利用しているのであれば、どれか目にしたり、利用したりしたのではないでしょうか?

私もオンラインゲームやブログ等に、そのような機能が備わっているわけで頻繁に利用する一人なのです。


グーグルで「会話」とぐぐってみると…

まぁ…しかし、腐るほど「会話の仕方」つまりは「会話のハウトゥー」が出てくるんですね。

「魅力的な人の会話術」だとか、「飽きられない人の会話術」とかね。


一番多いのが、「恋愛コンサルタントが教える『会話術』」みたいなやつ。笑

実際、彼らが挙げているシチュエーションって少ないですよね。

というより、なんか「古くせぇなぁ」なんて思ってしまうのは私だけ?笑

遠距離恋愛

それにですよ、「上手に異性と会話する方法」だぁ?( ´゚д゚)

そんな神業をですね、たかがいちコンサルタントが一般ピーポーに伝授されたらですね、今の日本の出生率は右肩上がりです。

逆に異性と会話がスムーズに進まない今の日本だからこそ、今の「ネット」が確立されたのではないでしょうか。

別に異性に限ったわけではないんですがね。対人ですよ、対人。


いろんな考え方があると思うんですけどね。

そんな、ハウトゥー学んで必死こいてするようなものでもないと思うんですね、会話。

ビジネス会話ができないなら、それはハウトゥー本読めよ、って話でしょうけど。

それこそ、コンサルタントの登場ですよ。うん。

余談なんですけども、今回いろいろ調べているうちに知ったんですが、「ビジネス会話のコンサルタント」なんて講師もいるんですね。

いろんなコンサルタントがいるんだなぁと。笑


普通の会話でしょう?世間一般の会話でしょう?俗に言う、「世間話」でしょう?笑


確かにいろんな人がいますから…対人恐怖症ですとか…単に人見知りだとか。

そういう人に「普通にできるでしょ?」とは言いませんけども…

まぁ、今議論しているのは「会話」ですから「会話(世間話)する程の仲」という前提付きで話を続けましょうか。


えっと…なんの話でしたっけ?

あぁ、コンサルタントのせいで話がずれたんですね。笑


「会話」の方法が増えているっていう話ですか。

まぁ、私の推論ですけども…対人での会話が上手く進まない世の中だから、どうにかして会話ができるようにと、会話の方法が増えたんじゃないでしょうか。

逆もありそうですけどね。

ネットばかりでチャットや掲示板を利用するあまり、直接人と話してみるとうまくいかない。なんてね。


私もオンラインゲームをプレイしている人間ですので、「会話」をネットと絡めながらお話してみますか。



唐突ですけど、ネットでの会話って非常に楽なんですよね。

よく言われていますけど、自分の好きなタイミングで話しかけれるし、同時にやめることもできるし。

さらにネットの素晴らしいところって同じ趣味や性向が似ているような人が集まれる「場」がありますから。

「自分の興味のある」、「自分の得意分野」で「会話」が人とできるわけです。


つまりは、現実世界では男がよく直面する(?)


「やべぇ…折角、優ちゃんと一緒に下校なのに…。この沈黙を…何か…誰か…なんか起これ!」

っていう葛藤がないんですね。笑



これまた、男に限ったわけではないのですけど。


要は、そういうところに集まった人たちって自分と同じ、「好きなこと」で集まってるんですから。


「会話がないわけないんです。」


断言はできませんけどね。


「会話しようと思えば、できるんです。」うん、こっちのほうが正しいね。



私のやってるメイプルストーリーでも同じ。

オンラインゲームに興味のある、好きな人たちが集まって出来てますから。

さらにオンラインゲームではさらに細かく、「友達」や「ギルド」「連合」とかそんなので同じような考えを持った人が集まりますよね。

今現在、そういう認識も薄れているのが事実なんですけどね。あ、これ軽い皮肉ね。笑

メイプル月灯物語80b









正直なところ、いま私が置いたテーマの終着がさっきから見えないんですけど…。笑


何度もさっきから、書きの直しをしては…「うーん…」とか唸ってるんです…。


「会話みたいに書いた記事っていいよね」という、無理やり皆さんに解ってもらうために私のメチャクチャな論理展開をぶつけて終わりにしようと思ったんですが…

難しいぞ…このテーマは。笑




そもそも「会話」ってなんだ。


原点回帰…いいことだ。そう、「会話」ってなんだ。


つまるところの何が目的なんだ。


「会話」して何したいんだ。


どうして「会話」に拘る。





久しぶりに私も考えた。


どうして人間って、はなしをするんだろう。と。笑


しかし、考えるものの、どうしてもコレといった、しっくりくる答えがでない。


だって、別になにか考えて、"会話”するわけじゃないから。


「無意識」に近いけど、「話そう」とは意識してる。

でも、だれかと「話す」のにそんなたいそれた理由はない気がする。

よく会話は人とのコミュニケーションを取るものだ。なんて言われてるけど…「あ、コイツとコミュニケーション取ろう!」なんて思って会話したことは…



…な…ない…?


いや…ある。


うん…少なくとも…



私には…ある。








女を落とす時だ。









そうだ、これか。

結局、女絡みか。あぁ、そうかい。

確かに可愛い子にはリアルだろうが、ネットだろうが近づくためには、まず何かアクションを起こさねばなりません。

そのアクションのうちの1つが「会話」なんでしょうか。


でも、友達と話すときって別に特別、何かを意識しませんよね。

ネットでも同じで、「なんだろう、これ」って思ったらチャットしてるときってありますし。








あと、会話するっていうか、「愚痴をこぼす」のが会話に入るかは微妙ですけど、妙にすっきりしますよね。

この会話することで「ストレスが失くなる」っていうのは医療の世界でもカウセリングとして使われているみたいですよ。

さらに、自分の悩みなんかを誰かに話すことで状況が整理できるみたいですね。


あとは…一人でお酒飲むのがツマラナイのがいい証拠ですよね。

お酒を飲みに行くのが確かに目的なんですけど、誰かに愚痴もこぼしたいし、他愛もないことも話したいっていうのも目的の1つなんです。

うん、コレはいい例え。笑


しかし、いま巷では「一人焼肉」や「一人○○」が一人歩きしているみたいですが…。

一人焼肉

まぁ、一人焼肉なんか置いておきまして…

やはり、「会話」という行為には何か「目的」が備わっているようです。


ある人は、女の子と仲良くなるために。

ある人は、愚痴をこぼすために。

ある人は、ストレス解消のために。


勿論、「会話」という行為には他にもたくさん目的があると思われます。単に私が挙げるような馬鹿みたいな理由ではなくて。



今回、あまりにもこの「会話」というテーマが漠然としすぎているために先程から議論する対象がアッチへ行ったり…コッチへ行ったりしています…。


そこで今回は「哲学」というものに力を借りようと思ったのです。

しかし…

人間、都合のいい時にだけそういうものに頼ろうとしてもなかなか"答え"って簡単に見つけられないようです。


そもそも、哲学で人間の「会話」を理解していこうとしていきますと…「どうして人は言葉を話すのか?」なんてところまで考えて…

「話す」ことの意味を本当に深く追求していかないといけないという…もう全部投げ出してくなるような情報量だったので…。笑












「会話」と一言に言っても、今や行為の方法も、その目的も多様化してきた。

そしてまた「会話」というのはある意味、複雑なものである。

…というのは私が今まで支離滅裂な文章を書いてきたようにも解っていただけるのではないだろうか…。


そして支離滅裂になってしまった原因の一番の失敗は私がテーマを絞れなかった点にあると思われる。


というわけで(?)、これよりは最初触れかけていた「ブログと会話」にテーマを絞ってみたいと思う。


私は確か、冒頭でこう書いていたのです。確か、じゃなくて書いてるんです。笑


"記事もまるで「会話しているような」記事が書けたら…"

と。

今回ですね、この記事を書き始めて既に数日が経過しているのですが…(みっともない。)

というよりは、書いていくうちに自分の書いているテーマがなかなか危険度の高いものだということに気付いて来ましてね。笑

どう当り障りのないように書くか…がなんか自分の中に芽生えてしまって冴えない記事になっているんですけども…。


まぁ、それは置いておいて。

ネットで調べているとこんな検索結果を発見したんです。


「ブログは会話である。」


:(;゙゚'ω゚'):。!!

私はタマゲたね。笑

「私と同じ考えも持った人がいるなんて!やっぱ世界は広いぜ!」と思ってそのサイトをクリック。



突然ですが、みなさん、ダン・ギルモアという方をご存知でしょうか?

世界を変える個人メディア ブログ

いや、本当に今となっては古いお話になっていて、毎日にように目まぐるしく景色が変わってしまうインターネットの世界において、6年も前の話を持ち出すのはいささか抵抗があるのですが…。

このダンギルモアという方は、そう6年前の、2005年に来日されているのです。

まぁ、そこまで有名人ではないですので知らなくて当然だったといえばそうなのですが…。


なんでも、ダンさんは米国の参加型ジャーナリズム研究の第一人者だそうです。

この人の来日は日本のブロガーが結構注目していたらしく…講演会の様子を綴ったブロガーさんの記事を拝見させていただくと「世界が違うなぁ」と思うばかりでして。

ちょうど、上の画像にあるように、その「世界を変える個人メディア」という本を日本で出版される際に、「日本のブロガーに会いたい」とのことで、日本のブロガーさんたちが集まった講演会が開かれたようなのであります。


その講演会というか、イベントは、ブロガーから事前に寄せられた質問にギルモア氏が答えるという形で進み、会場に集まった約70人は、ギルモア氏の語る「ブログジャーナリズム」の展望や課題について耳を傾けたようなんですね。

いかにも「会話」というものに目を向けたギルモア氏らしいイベントだったらしいです。


と。

いかにも「ブログ」アゲアゲな感じのような出版物だと私、最初はそう思っていたんですが実はそうではなくて。

あくまでも「ブログ」というもののテクノロジーについて、またブログの出現によるジャーナリズムの変化とは。

そういった、まぁ我々みたいな人間からすれば固っ苦しいことが書いてあるんです。


しかもといいますか、日本とアメリカでは状況が違いますからね、ギルモア氏が言っているようなことがすべて日本のブログに言えるか、と言われるとそうでもないこともありまして。

イベントに参加した方の記事を読んだりしたのですがやはり、その感は否めないらしいです。


今、ブログのほかにも我々一般ピーポーが世間へ何か(情報など)を簡単に発信できるようになっていますし、そんな影にはBBSやウィキ、メーリングリスト、携帯メールなどがあるには皆さんも御存知の通り。

あとはそういうモノの出現によって"著作権"なんて問題が囁かれているのですけども、やはり"言論の自由"とどう考えていくかが今後の課題の1つでもあるようにも思えます。


うーん。

ずいぶんと固い内容になり、さらに本題とズレている。笑

結局のところ、ギルモア氏の言っている「ブログは会話」と私の言う「ブログの会話」は違うのかな…


ギルモア氏の言う「会話」というのはあくまでも例えみたいなもので、これからより増えていくブログのようなツールでより情報を発信する側は簡単にスムーズに行えるようになった。

まぁ、良い解釈の仕方なんでしょうけども。



「誰もがメディアになりうる」



ブログも1つのジャーナリズムの方法の一つ。

ブログの管理者が書いた記事を、読者が読む。その記事の信ぴょう性を決めるのは読者。

決めるのは読者といえども、記事を書く管理者にも正確さというのは求められる。

読者はその記事に対し、何か思うことが出るだろう。


ジャーナリズムには正確さがついてまわる。

既存のメディアにはビジネスがさらについてまわる。

そこがブログという新しいメディアとの差なのだろうか。



しかし、ギルモア氏はこう言う。

「ブログはコミュニケーション、人間の声、会話、という面がある。ますますこうした部分は重要になってくると思う。」


ふむ。

やっぱり難しい。

そもそもがギルモア氏が議論しているのは「ジャーナリズム」というところでの話であり、私が運営しているようなブログは言ってみれば世間には"ただの雑記"という認識で見られているというわけであり…。

しかし、情報の価値というのは人それぞれであり、またどこまでがジャーナルで…という線引きもはっきりはしていない。

というより、ぶっちゃけた話が「ジャーナリズム」なんて日本ではなんか響きが堅い。

情報を正確に素早く伝える、なんて連想してしまう。

しかし、私が書きたいことも言いたいことも、そうではない。


今回、ギルモア氏の記事やイベントでの話したことを読んでみて思ったのが、別に我々がブログをしているのは、ただただ意味もなく日々の雑記を書くだけでもないし、かといってジャーナリズムに走っているわけでもない。

確かに何かを伝える。というところには大いに頷くし、そのためのツールでもある。


ただ彼らが熱く語る新しいメディアとしてのブログは、ただただ情報を世に送り出すためだけのものとしてしか見ていないようにも思える。


彼らのようにブログを情報を世に送り出すツールとして利用するのと同じだけ、私には一種の娯楽的なブログが存在するように思える。

なにも情報を伝えるだけがブログでない。



私が思うことを書く。


読者がそれを読む。


読者がそれについて何かを思う。




そこには見えない、聞こえない「会話」がある。


だから、私は少しでも見えない会話が、聞こえない会話がぐっと近くに感じられるように、書き言葉ではなく、話し言葉で記事を書くことが多いのかもしれない。


繋がり。そんなものを求めているのかもしれない。


記事を書くことで、伝えるということだけではなくて、感じていたいのだ。


読者がその記事を読んで、何かを思ってくれることを。


そのことは即ち、書き手と読者"繋がり"ではないでしょか?

(ブログやってる人ならわかるんじゃないかなぁ…。)

円陣



やっと、冒頭に帰着できた。無理矢理だったけど。笑


結局、私はまたブログ論を展開することになっていたんですけども…。まぁ、そこはご愛嬌ということで。


「会話とブログ」

私が出した結論は、長々とそしてダラダラと書いてきたが、「繋がり」なのである。


そこには「言葉」はないかもしれない。けど、言葉でない「思い」が伝わっていれば、また「思い」を受け取れれば、「会話」は成立していると思う。


そんな距離感ができるように私は、今日もブログを書く。



例えば、ほら。

今日の記事、あなたが何かを思えば、そこにはもう立派な「会話」が生まれているのかもしれない。






こんにちは。

お久しぶりです。
冒頭を書いてから、既に一週間あまり。
一つの記事にここまで掛けたのは久しぶりである。(当然、書かない日もあったんだけど。笑)

実質、5日ほど?
まぁ、毎日ちょこちょこっと。
そうして只今、土曜日の朝4時半です。

うはー。
徹夜で私はなにしてるんだろう。笑

ギルモアさんの下りがねぇ。これまた調べてたらきりがないんですよ…。

ていうか、ついこの間来日していたようですね。
新刊も出版されたとかで。今度、読んでみようかな。


あぁ。
改めて、お疲れ様でした。

私の拙い文章にお付き合いいただいて…。
正直、自分でも「あぁ…意味分からん…。」と悩んで書いていたもので…。

もう支離滅裂。

途中から自分がどんな結論を持ってこようか、忘れている時がありましたからね。笑

私は記事中でギルモアさんの主張に対して、えらく偉そうに「ブログってそんなんじゃないよ。」なんて言ってたんですけども…。

ギルモアさんの言うブログはジャーナルなものしか指していなかったので…ね。
まぁ、私も苦し紛れといいますか…。笑
綺麗事をサラリと書いたなぁなんて思っていたり。いなかったり。

まぁ、だってですよ?

いま私が書いているこの「追記」にしたってですよ。

たぶんこれを"わざわざ"開いて見てくださっている人たちにですね、私がお伝えできている情報ってなんですか?

ないでしょう?
別に知って、「へぇーそうなんだーちょーうれしー。」「へー、もうワクワクが止まらない!」なんてことにはなってないでしょう?

いやね、私のことが大好きなら別ですよ?笑
知りたくて仕方ないんでしょう?あ、キモいからやめろ?あぁ、はいはい。すぐヤメます。


まぁ、そういうわけでですね、普段の世間話って基本、情報量って「0」じゃないですか?
ほっとんど自分が知って得する様な、情報を我々一般ピーポーは世間話でしないですよね。


まぁ、私はある意味ですね、本記事もこれからは「情報量ゼロ」の記事でいいかもしれない。なんて今回思ったわけですよ。

より「世間話」に近づいてる気がしますもんね。他愛もないようなね。

ただ、それだと書いている私もツマラナイんですよ。
たぶん、読んでる方もツマラナイんですよ。

だからある程度、記事を読んでなにか得られるような記事ですよ、私が書くのは。

つまり、私はワガママなんですよ。うん。笑


では、そろそろ締めていいかしら。
もう眠いです、さすがに。
けど、誤字脱字とかありそうで、挙げていいものなのか心配なのですけども…うーん。

なにか不備があったらお願いします。
コメントでも、右側の掲示板にでも何か書いていただけるとウレシイデス。

勿論、記事の感想もお願いします。あ、でもあんまり叩かれるのはいやだなぁ。笑


ということで、この追記で皆さんは実に有意義な情報を得られましたね。



「私がワガママだ」ということを。



お後がよろしいようで。笑

それでは、また。

関連記事
[ 2011/11/12 14:00 ] ブログ | TB(0) | CM(1)

よく、長い文章書けるね

ニホンザリガニもし採れても普通の人では飼えないぜ
まずここ愛知県で飼うとなると常時冷蔵庫だな
水質がまず無理だ
ペンギン飼おうぜ並み

(V)o\o(V)バルタン

てかまずINしようぜw
[ 2011/11/13 07:46 ] [ 編集 ]

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